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こちらが行動を起こすかどうかは、その違和感のボリュームによる。
欲望にとりつかれているわけじゃないから、有益であるかどうかは問題ではない。
警戒すべくは有害であるかどうかだ。
網に引っかかった違和感がボクにとって有害であると判断すれば、ボクはとことんそいつを叩く。
こちらに牙をむいているわけじゃなくてもしょうちはしない。平静を乱すノイズは排除しなければならない。
ボクひとりではどうにもならないときは、さまざまな場所にひそむ支援者たちに根まわしをして、あらゆる角度からその有害な違和感を打倒する。
遠くで雨の音がする。
じゃさじゃさジャサジャサじゃさじゃさジャサジャサ。
ボクにとっての雨音はそう、じゃさじゃさと耳にさわる音だ。
水滴がはじける音は、雨風をしのぐ幸さえ薄い、シールドなき人々のものだ。数年まえの暗い木曜日、遠い過去のささやかな悪夢のなかできいたっきり、ボクにはとんと縁がない。
じゃさじゃさジャサジャサ。
ビニルをこねくりまわす雨音はやまず、いつまでもフロアをつんざく。
ようやく音がやんだ。
今度は抑揚のないせっかちな声が鼓膜を殴る。
もめてやがる。
三時間パックにレディース割引、さらには雨の日割引、くわえてポケットティッシュについていた三十分無料のチケットはつかえるのか。あとほら、スマホのこの画面を見せれば女性に限り一時間サービス、この権利も行使できるのか。
――マコトニ申シワケゴザイマセン。コチラノサービストソチラノサービストハ併用デキマセン。
それでは虚言をばらまいて無辜の民を混乱させているのか。こんなすえたにおいの充満した木賃宿のさらに下層のたまり場に、こちらが歩みよって様子見にうかがってみればこのザマだ。おまえらはやはり世間の評判どおりとんでもない社会悪なのではないか。腹にすえかねた。帰る。いや、ただで帰ってなるものか。腹の虫がおさまらぬ。責任者を出せ。責任者からの誠意ある説明と、ことによっては誠意ある謝罪とを要求する。このまますんなりとひきさがってなるものか。
怒気をはらんだ金きり声がフロアの通路を縫っていく。
そのノイズはボクらの網にかかった。
こちらこそ、このまま帰してなるものか。
各ブースのひき戸がいっせいに開く。
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