神がそれを望むとき

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 面影がある、というほど似通った容姿ではない。  けれど、気丈にもその背に幼い弟分を隠そうとする健気な姿が、かつて姉と慕った少女を彷彿とさせた。  同時に、無邪気にその背にかばわれる少年に対し、ほのかに湧き立つ敵愾心。 (そこは、俺の、場所だ)  何十年、何百年と無為に過ごして、やっと気がついた。  満たされない心は、ひとではなくなったせいだと思っていた。  けれど、真実そうではなかったのだ。  とうの昔に、藤助が一番欲しいものは決まっていて、それが永遠に損なわれたからこそ、こんなにも空虚なのだ。 (…欲しい)  ゆきは、もういない。  だから、ゆきと魂の有り(よう)の似た、この少女が欲しい。 「おまえを気に入ったよ」  頭をそろりと撫でてやれば、紗佳は、ほんの少し警戒心を解いて藤助にはにかんだ。  他の誰にもやったりしない。  きっとこの手に入れるのだ。  ゆきを不幸にしたすべてを祟り尽くした日以来ひたすらに凪いだ心に、初めての強い強い思いが宿る。  人であったあのとき、己の命を容易く諦めたのは、誰かではない、おそらくはゆきのためだけに、そうしたかった。  もう二度と、他の誰かに奪われてなるものか。  紗佳を攫い、彼女に喰らわれ、藤助(かみ)に成り代わった彼女と一つになる。  そうして消えてなくなることこそが、ゆきのために生を捨て、ゆきのために神となった藤助の、唯一の幸福に思えた。  駆け出した二人の背に大きく手を振りながら、藤助はぽつり、 「また、な」 とつぶやくと、望む己の最期を思い、その赤い赤い口の端を、ニィと弓なりに吊り上げた。
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