贄となりても

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 家は元々貧しかったが、去年は田畑(でんぱた)の何もかもが不作で、労役に出た先で父が死に、そこからはもう坂道を転がり落ちるようだった。  どこも似たような調子だから、年貢も借財の取り立ても厳しくて、野草の根を掘り返して食らって飢えを凌ぎ、売れるものはすべて売り払った。  物も、人もだ。  一人だけいた、十にも満たない妹は、真っ先に人取りに手を引かれていった。  それでも、藤助の家の暮らし向きが楽になることはなく、弟は口減らしにと川に流され、母は流行り病に倒れて呆気なく逝った。  最後の家族は、三つ違いの兄だった。  両親を助け、藤助ら弟妹の面倒をよく見てくれた。  優しい兄だった。  母と同じ病を得、衰弱し、もう水すらも満足に受けつけなくなったその人は、死の床で、絞り出すように藤助に言った。 「お前なんて…いなければ、良かった」  どうして俺が死ななくちゃいけない、お前が死ねば良かったのに、俺が生かしてやったのに――しわがれた怨嗟(えんさ)の言葉を吐く兄の、黄ばみ、血走った瞳の色が忘れられない。  ひもじいのは、性根すら曲げてしまうのだと、知った。  人は死ぬのだ。  呆気なく。  もがいても、もがいても。
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