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兄が死んでしばらくは、荒壁の小屋で一人、藁にもぐり寝起きしていたが、やがて村長が藤助を迎えにやってきた。
ここら一帯の村々を挙げて行う七年に一度の祭祀まであと半月、贄にするつもりの子どもに逃げられては困ると思ったのだろう。
(そんなこと、頼まれたってしやしねぇのに)
生きることに、とうに疲れていた。
誰も彼も、いつかは死ぬのだ。
自分で死ぬのは苦しいから、人でも神様でもいい、誰かが殺してくれるのを待っている、それだけだ。
――土地神様の供物になるその日までの半月を、藤助は、村長の家の下働きとして生かされた。
村全体が貧しい中、村長といっても格別に豊かなわけもなく、単に集落のまとめ役というだけだったが、青年の彼は明るく快活で、世代の上下を問わず人気があった。
彼には二十も歳の離れた妹がいて、他家の勝手のわからぬ藤助の面倒を、甲斐甲斐しく見てくれるのがそのゆきだ。
「兄さぁはな、村ん人が困っとるのが放っておけなぁの。うちも暮らしは貧しいけんど、ゆきのこと売らずに置いてくれてる。優しいお人じゃ」
彼女も多分に漏れず、兄を敬愛しているようで、話題の大半は村長のことだった。
「藤坊をお役目に選んだのもな、今年がうちの村の輪番で、他ん家の子がよう選ばれんから仕方なくだかんね」
ゆきと藤助は村の中でも歳近で、以前から仲が良かった。
ゆきは、村長である兄夫婦とその子どもたちと暮らしていたが、村長夫婦はもちろんのこと、甥姪とはいえ皆ゆきより年嵩なので、藤助を実の弟のように感じてくれていたのだろう、今も昔も変わらず、何くれとなく世話を焼いてくれる。
祭祀のための蓙を茅で丁寧に誂えながら、兄さぁを恨まんでね、とゆきは言う。
その眉尻を下げた悲しそうな表情は、憐れみでも蔑みでもなく、知った顔がもうすぐいなくなることへの哀惜で――村の誰もが、厄介者の藤助がお役目に使われることを望む中、ゆきだけは藤助自身を惜しんでくれていた。
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