贄となりても

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「お役目んことなら、むしろ感謝しておる」  ゆきを安堵させるよう、静かに答える。  これは紛うことなき本心だ。  子どもを神様に差し出し、その荒ぶる御霊(みたま)(しず)め、豊かな実りを求める――祭祀は、死に場所としてはうってつけだ。  藤助が人身(ひとみ)御供(ごくう)になるのを甘んじて受け入れることで、誰かの救いになれるのなら――つながる命があるのなら、それでいい。  そうして藤助も生かされ、生きてきたのだから。 「…恐ろしゅうはない?」 「俺らはみんな土地神様の子。神さんの所に還るだけのことじゃ」  死ぬことよりも、ひもじいこと、他者の悪意に触れることの方がよほどきつい。  死んでそれらから解放されるなら本望だ。  たった一人にせよ、別れを惜しんでもらえるならもう十分だった。  だから、彼女に――兄を心から敬愛し、慕わしく思うゆきに、伝えるべきか迷った。  藤助がずっと感じているこの違和感のことを。  誰もがみな、彼女の兄を、思いやり深い(おさ)だと口を揃えて言う。  だが、藤助の目から見た彼は――笑いかけるときも、すまなそうに詫びるときも、両目の奥に湛える昏い光。 ((あね)さぁ、あん人はきっと…)  ――人を人とは思ってないと思う。
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