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こういう時、怒るのは僕ではなく君である。
君は怒ると、悪役の科学者のような冷たい面持になる。銀縁の眼鏡を指先で持ち上げ、つと、言う。
「昨日、遅かったね」
「ああ、うん、言ったろ、会社の送別会だって」
「十二年目だったよ」
「……いいじゃないか、十年目はちゃんとやったんだから」
「それ、去年も言ったね」
僕らが一緒に暮らし始めて、昨日で十二年。恋人が言いたいのはそういうことだ。そしてどうやら、十一年目も同じ会話をしたらしい。
「……ごめん」
きっと去年も同じように、僕は君に頭を下げていたのだろう。
「今夜は?遅いの?」
「早く帰るよ」
考えるより先に出た言葉が、君をくすくすと笑わせる。鈴が鳴るようだという比喩があるが、君の笑い声はもっと涼やかでもっと快く、それはほんの十二年経ったくらいで褪せるものではない。
「今日は俺のほうが遅いかも」
「うん、お前より早く帰るさ」
「花を買って来て」
「ワインは?」
「買ってある」
「オーケー、じゃあいい子で待ってるよ」
テーブルの上で気難しく組んでいた君の手に、手を重ねる。ゆっくり撫でると、指が絡んで応える。
お互いに年を取った。
ベルベットのようだった君の肌も、今は少しかさついている。僕はまだ君の許容範囲ではあるのは幸いだが、ずいぶん腹が出た。二日酔いも長引くようになったし。髪に先に白いものが混じるようになったのは僕だけど、君のほうが少し額が広くなってきたのじゃないかな。
「キスをしても?」
僕がわざとこういう聞き方をすると、君は絶対に恥らって、顎を引いて頷くだけ。
ゆっくりと唇を押し付けて、離す。
瞑っていた目を開けた君は、ちらりと舌先で唇を舐めると、眉を下げて笑った。
「これはひどく甘いね」
終わり
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