モーニング

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sideS  オープン当初から通っているから、さて、今年で三年……四年になるだろうか。月曜から金曜まで、毎朝毎朝、飽きもせず――いや実のところ多少飽きてはいるが、よく通い続けているものだと思う。ホテルのモーニングでは割に合わないし、かと言って自分で用意するのはごめんだ。コーヒーと、少しばかり胃袋を満たしてくれる軽食を、良心的な価格で提供してくれるこの店は、自分にとって貴重な場所だ。長く通う間に、店内のテーブルの配置も変わったし、指定席も何度か変わった。最近では、そう、左隣の彼の出現によって。  元々は、彼の隣り、今空席になっている場所に座っていた。  ある日――初夏だったと思う。半年ほど前に現れた見知らぬ人物になんとなく配慮して一つ空けて座るようになってから、指定席がずれたのだ。  彼は、毎週水曜日しか現れない。  どんな理由があるのかは計り知れないが、決まった時間にそこにいるし、いつもきっちり揃いのスーツを着ているから、お堅いサラリーマンなのだろうなとぼんやりと想像している。濃紺のスーツがお気に入りらしいが、個人的には、もっと暗い色のほうがに合うと思う。年は、結構下かな。ただの童顔かもしれないが、それにしても、顔立ちだけなら大学生にも見える。少し癖づいた黒髪は、伸びたなと思った翌週には大胆にばっさり切り落とされていて、彼の性格を伺わせる。ドールめいた瞳、うまそうに朝食を頬張る表情はあどけないくらいだが、偶然に電話に出た時の彼の声は案外にスモーキーで、決して低くはないが落ち着いたトーンだったのが意外だった。  あの時、森川だったか森田だったか、森のつく名前を名乗った気がする。不意のことでよく聞き取れなかったのが、今の今まで悔やまれるというもので。  もし見られていたら、なんて思って、出勤前のゲームも水曜日は封印している。大して読みもしない新聞など購読して、意味もなく気取ったりして。時々視線を感じたり、ほんの一瞬目が合ったような気がするのも、この距離ではむしろ自然だろう。  自意識過剰は、自分の悪いところだとわかっている。 (ああ、不毛だ)  内心ため息を吐きながら、コーヒーを口元に運ぶ。横目で見ていた彼もまた、両手でカップを包んで、ふーふーと何度も慎重に息を吹きかけてから、猫舌なのだろう少し音を立ててカフェオレを啜るのだった。 (可愛いよな)
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