第一章 砂漠の一家

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 ……すると突然、体の感覚が麻痺してきて両眼の奥、いや脳髄の底からとでもいえるような不気味な違和感が全身を駆け抜け、超感覚的な映像が視野の中に投影されてきた。  それは映画館のスクリーンに映し出された世界のようにどこか嘘っぽく、その一方でこの上なくはっきりと自覚された。また本当に見ているはずなのに、なぜか絶対に触れることができないような、まるで夢の中で思い描いているような映像であった。  不思議なことに見えている映像と外部の音がまったく同調していない。今見えているのは雲の上を高速移動している映像だ。だが空気を切り裂く風切り音や耳をつんざくエンジンの爆音のようなものは全く聞こえてこない。耳に入ってくるのは砂漠の乾いた風の音だけだった。  今いる場所と見えている世界が完全に食い違っている。いや、正確には強く意識すると、自分が立っている砂漠の風景もぼんやりと浮かび上がってくる。それは暗闇に目が順応し、徐々に見えてくる感覚に似ていた。  あたかも自分が音速で自由に飛翔する鳥にでもなったような気分だ。俯瞰も薄暗い上空も視線を移すと自由に見られる。恐怖感はなかったが、三半規管を微妙に刺激して気分が悪くなってきた。船酔いに近い感覚かもしれない。  あまりにも衝撃的な感覚に、僕はその場から一歩も動けず、立ち尽くすばかりであった。むしろ脳が情報処理しきれず、自分の手足を動かす余裕さえないと言った方が正しい。  よく見るとコンタクトレンズを通して様々なインジケーターやアラートが赤く視界の中に投影され、目まぐるしく色々な情報を提示してくる。それはおせっかいにならない程度に視野を占有するので、まるでパソコンの画面上にあるアイコンのように感じた。  僕は絶え間ない画面の揺れに酔って、いよいよ気分が悪くなり、吐きそうになってきた。そして、そのまま地面に倒れこんでしまった。
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