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◆
翌日。カズさんは死んだ。
「あ、やっぱり」と思ったとおり、過労死だった。
そう思う反面、まだ何が起こったのかよくわからなかった。
ただ、朝礼で緊急招集されて。学年主任のセンセイから告げられた。
お葬式の時、初めてカズさんの奥さんにお会いした。
とても、綺麗なひとだった。
また「あ、やっぱり」と思った。ほら、やっぱり悲恋じゃん。
最初から、わたしの恋は終わっていたんだと、どこか客観的で冷静な頭をした自分がいた。
お通夜とお葬式があっという間に終わって、家に帰って。
寝て、起きて。いつも通り学校に行って。
英語科準備室に足を向けてドアを開けても、そこにカズさんの姿はなかった。
ーーそこでわたしは、はじめて涙を流した。
後悔してもいい。一言。たった一言。
なんで言えなかったんだろう。
悲しくて苦しくて悔しくて辛くて押しつぶされそうで。
いろんな気持ちがない交ぜになって、プリズムのようにスッと気持ちがクリアになっていく。
ふと気づくと、カズさんが使っていた机の上にノートが置いてあった。
そのノートに、わたしは見覚えがあった。
「…『Shall I compare thee to a summer's day?』」
それは、生まれて初めてわたしが翻訳した、シェイクスピアの詩。
カズさんに「これが土岐ちゃんにぴったりだから」と勧められて訳した詩。
その書き出しは…【あなたを夏に例えてみようか】。
これを訳したときのカズさんの驚いた顔と、いつものあの笑顔で、頭を撫でて褒めてくれた温もり。
あんなに大嫌いだったのに、今は、あの温もりがこんなにも恋しい。
カズさん。カズさん。カズさん。
なんで死んじゃったの?だから毎日ちゃんと睡眠とってって言ったのに。
ちゃんとお弁当作ってもらいなさいって。自分でも毎日しっかり栄養とりなさいって。
死んじゃうなんてさ。思うわけないじゃん。
なんでよ。なんで。
声にならない慟哭が、準備室にこだました。
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