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でも、ひとたび自分のレースとなると別だ。レース前の召集所で、眉間にシワを寄せて難しい顔をしている和泉を何度も見てきた。
「がんばったけど、届かなかったなあ。久しぶりで予選最終組に入れたから、決勝行けると思ったんだけど。クリアできてたら、まだ『夏』が続いてたのに」
レースは予定調和の世界だ。遅い順に予選が組まれて、最終組で泳いだ連中がほんど決勝へ進む。ほとんど番狂わせのない、数字の世界。今回は波乱があった。最終組、一つ前のグループに飛びぬけて早い選手がいたのだ。中学から高校、一気にタイムを縮める奴がいる。おまけに他県からの転校してきた子で、ほとんどノーマークだった。
入学してから大会までのあいだ、和泉が授業中、眠気をこらえてノートをとっているのを後ろの席から見ていた。まえよりもさらに髪が茶色くなったのは、それだけプールに浸かっている時間が長かった証拠だ。ほかの女子が髪をつやつやさせて、先生に注意されながらもピンクのリップを塗って放課後にお喋りしたり買い物をしている間も、和泉は塩素焼けした短い髪と、カサつく唇には薬用リップを塗ってクラブに通っていたのを俺は知っている。
「秋冬シーズンでタイム縮める。コタツのゆーわくに負けないようにしないとな」
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