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ざん、と壁にタッチして立ち上がりざまゴーグルを額にずらすと和泉がゴールした。
「負けた! くやしい!」
「四コースは譲ってやったんだぜ」
三コースで俺は余裕を見せた。まだ胸の鼓動はおさまらないけど。
ちぇっ、て上目遣いの和泉が鼻のうえまで水につかってブクブクと泡を立てた。
「こら―! カッパども! 勝手に飛び込むな!」
ブンちゃんが腕を振り上げてプールへ駆け寄ってくる。ひゃあ、なんて叫びながら俺たちは顔をあげたまま泳いでプールの真ん中に逃げる。
きゅうに空が晴れてきた。まるで天気雨みたいに雨粒の残りが降り注ぐプールに、みんなもてんでに入り始めてブンちゃん一人じゃ収集がつかない。みんな小学生に戻ったみたいに、水の中ではしゃいでいる。
ああ、俺、泳ぐの好きだ。
水をかけあって笑いあうクラスメイトをすり抜けて、和泉が平泳ぎでやってきた。
「あたしさ、コーチになりたい。ちっちゃい子に泳ぐの楽しいよって教えたい」
和泉が小さな声で話しかけてきた。目があうと照れくさそうに笑った。
「それに……速く泳げない子の気持ちもわかるしね」
俺はうなずいて応えた。いいコーチになれそうだよ、和泉なら。
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