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土曜日の午後の駅前はカップルや家族連れで賑わっていた。
千尋は、コーヒーショップに入り、窓際のカウンターに座った。
香り立つ熱いコーヒーを口に含んでも、なかなか怒りは収まらない。
夫婦喧嘩のきっかけは些細なことだった。
大輔が、脱いだ靴下を丸まったまま洗濯カゴに入れていたことだ。
千尋は一緒に暮らすようになって以来、何度も、靴下を広げて洗濯カゴに入れるように頼んできた。その都度、大輔は「悪りぃ、悪りぃ」と謝ってはいたが、一向に改善されないでいた。
今日も同じように、洗濯カゴに大輔の丸まった靴下を見つけた。
千尋はキツイ口調で、大輔に注意した。今日の大輔も悪かった。仕事で疲れていたせいか「うるさいな」と、つい言ってしまった。その一言が、千尋が家を飛び出すほどの夫婦喧嘩の引き金となったのだ。
コーヒーショップのカウンターから外の景色を見た千尋は、またしても後悔をさせられた。空に重たい黒い雲が立ち込めて来たからである。そう言えば、朝の天気予報で、折り畳み傘が必要だと何度も耳にしていたのを思い出した。
千尋は、長期戦の覚悟をして、スマートフォンのゲームアプリを開いた。
いつもは夢中になるゲームも、一向にうまく進まない。諦めて、ニュースアプリを開いた。お気に入りのコスメの記事に目を通すが、一向に画面の文字が頭に入ってこない。頭の中は夫婦喧嘩が充満して、もう何も入る余地すらないようだった。
ふーっと長い溜息とともにスマートフォンをカウンターに置いて、窓の外を眺めることにした。
雨がポツポツと降り始め、やがて、外を歩く人たちが蜘蛛の子を散らすように居なくなるほどに、激しい雨がアスファルトに叩きつけた。千尋は、公園やショッピングモールや他の場所への逃げ場を、もはや完全に閉ざされた気分だった。
夫婦喧嘩に、この激しい雨。
『泣きっ面に蜂』とはまさにこの事だと、心の中で泣きたくなった。
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