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本編
僕は夢を見た。
まだ、僕も妙子もまだ子どもで、故郷の姪浜を無邪気に駆け回っていた頃の夢だ。
目が覚め、この現実に引き戻されると、僕は床の中でこう呟いた。
「あらざらむこの世のほかの思ひ出に」
福岡県早良郡、姪浜。
妙子が隣の家に引越して来たのは、昭和十年の今と同じ春の事だ。妙子は、九歳。僕は、十歳だった。
「妙子を宜しくね」
挨拶に来た妙子のお母さんが、僕にそう言った。
しかめっ面の妙子は、お母さんの陰に隠れ、僕をじっと見ていた。彼女は、お父さんが亡くなって以来、ショックであまり人と話したがらないらしい。
引越しの理由も、お父さんを大陸で亡くしたから、お母さんの故郷である姪浜に戻って来たというもので、僕はその事を夕飯の時に母親から聞いた。
(僕と同じだな)
僕も、父親を戦争で亡くし、東京から姪浜に流れてきたのだ。そうとは知らず、僕は妙子に対して
「何て愛想の無い子なんだ」
と、思ってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日から、僕は妙子と一緒だった。
お母さんに言われたからか、妙子は僕の家の玄関先で待っていて、一緒に学校に行った。妙子は黙ったままで、僕の後ろをちょこちょこと付いて歩く。
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