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妙子は、車窓から見える早良郡の田園風景が、東京には無いもので好きだと言った。とかく高い所が苦手な僕には外を見る余裕は無かったが、妙子は目を輝かせて景色を見つめていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
妙子が、また引越す事が決まったのは、尋常小学校の卒業を間近に控えた頃だ。
学校で一番成績の良かった妙子は、先生の薦めで久留米の女学校への進学が決まった。
「……私が行ったら寂しいかな」
進学と引っ越しが決まったその日、小戸の砂浜に座り、今津と残島の間に沈んでいく夕陽を眺めていると、妙子が声を震わせて訊いた。
僕が何と答えるか、怖かったのだろうか。僕は、その話題をする事自体が怖かった。
僕は、彼女を見つめた。
「寂しくないよ。久留米ったって、福岡だからね。汽車ですぐさ」
僕は強がりを言っている。その自覚は痛いほどあった。
「寂しくはないけど……ね」
言葉に詰まり、僕は刺さる様な夕陽に眼を向けた。本当は寂しかったが、進学を反対する権利は無い。
「私は、寂しいよ」
そう言って俯く妙子に、僕がしてあげられる事は何もなく、そして僕は妙子が大好きなのだと、初めて気付かされた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
久留米に引越しても、僕達は疎遠にはならなかった。
どんな本を読んだとか、久留米には室見川よりも大きな川があってそこで水遊びをしたとか、その日その月にした事や思った事を、書き綴って手紙で送った。
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