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もう梅雨が明けそうな、蒸し暑い晴れ間がのぞいている。
松川の今日の最高気温は35℃に近づくらしい。土曜日の朝。さくらは自室の窓を開け放して、クローゼットを物色する。ああ、これこれと言いながら、淡いピンクのワンピースを取り出す。
もう自分には似合わない気がして、だいぶ前から着ていないこのワンピース。あの頃は一番のお気に入りだった。大学生だった宗一郎が帰省するといえば、必ずこのワンピースを着て顔を見に行った。宗一郎に一番可愛い自分を見て欲しくて、母親にお願いして髪の毛を編み込んでもらったりしたっけ。
「きっとお兄ちゃん、可愛いねって言ってくれるわ」
さくらの母親は、いつもそう言いながらさくらの豊かな髪を編んだ。鏡の中には、とても可愛い女の子。だからきっとうまくいく。お兄ちゃんは、この可愛い私を好きになってくれると思ったのに。
叶わなかった切ない思い出。それを吸い込んだこのワンピース。もう見たくもないのに捨てられない。さくらはその思い出の服を手にとって。
「蜜柑、これはどう? 可愛いピンク。色の白い蜜柑には、淡いピンクがきっと似合うわ」
「お姉ちゃん、本当? 私にこんな素敵な服をくれるの? 私なんかに似合うかな。醜いあばたの私に、こんな素敵な服が似合うかな……」
新しく出来た、さくらの可愛い可愛い妹。自分の頬にぽつぽつできた、赤いにきびをひどく気にする。
さくらは少し笑ってしまう。だってこの子は死んでいるのだ。今さらにきびなんて、気にしたってしょうがないのに。
……でも、分かる。蜜柑は13歳で井戸に身を投げ自殺した。さくらが宗一郎に泣いて迫ったのも、その頃。
『面倒事を押し付けて、無関係を装おうっていうの!?』
都会に出てより素敵になった宗一郎。きっと綺麗な女の人を知っている。本当ははっきり言いたかった。『私を見て』と。『松川に帰ってきて、私を愛して』と。
でも宗一郎は行ってしまった。13歳のさくらは思った。
私が子供だからいけないんだ。私がもっと大人っぽくて綺麗なら、お兄ちゃんはきっと側にいてくれた。
綺麗じゃないから、行ってしまった。だから私は綺麗になろう。そう思って4年を過ごした。今宗一郎はさくらの側に帰って来てはくれたけど。
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