第1話

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 まださくらを愛してくれない。私は4年で綺麗になった。身体だってもう大人。一体何が足りないって言うの。  さくらの恋はうまくいかない。さくらにはその理由が、さっぱり……分からない。   「じゃ、行ってらっしゃい。さくらがアルバイトだなんてママびっくりしたけど、ちゃんと続いてるわね。ワガママ言わず、ちゃんとお兄ちゃんのお役に立つのよ?」  玄関先まで見送りに出て来て、母親がそう言って笑う。さくらと同じ顔をした、若々しい母親。洗面所で歯を磨いていた父親も、廊下に顔を出して「頑張れよー」と声をかけてくる。 「うん、行ってきます。シロン、行ってくるね」  下駄箱の上には、プリザーブドフラワーやいくつもの写真立てが並んでいる。その間を縫って、にゃあにゃあと鳴く少し太った真っ白い猫。その頭をなでて、さくらは玄関を出る。 「あっ、シロン、写真が倒れる! もう、鈍くさいおでぶちゃん、ちょっとは運動でもしなさい! 下駄箱の上は、ダメ!」  猫相手に一生懸命怒る母親に苦笑して、でもさくらは振り返らずマンションの廊下を進む。エレベーターを待つ間に、蜜柑が不思議そうにさくらに訊いてくる。 「お母さん、本当に忘れちゃってるの? 玄関のあのたくさんの写真。お兄ちゃんの部屋も残ってるのに、覚えてないなんて、そんなのって……」  蜜柑の疑問は当然だ。さくらはやっぱり苦笑する。 「覚えてないのよ。全くね。でも、隆行のものは全部大切にとってあるの。あんなに隆行に囲まれて、でもこれっぽっちも覚えてないだなんて、本当に変な話よね」
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