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智をはじめとする鉱害根絶同盟会のメンバーは,奇病の原因は足尾銅山から流れる鉱毒のせいだと政治家に訴えたが,誰もそれを証明することができず,村人たちは一人また一人と命を落として行った。
しばらくして武次も衰弱して死んだ。左手がないことを知らなければ,それが武次だとは誰も思わないほど変り果てた姿だった。
智は武次の枕元に南瓜を供え,静かに両手を合わせた。
しばらくの間,智は武次の家の裏にある塗装も剥げて朽ち果てそうな祠に納められたお稲荷さんにも南瓜を供え続けた。
足尾銅山を運営する古河鉱業は,ますます業績を伸ばし一大財閥を築いた。
一九四六年,GHQの指令により古河財閥が解体されるころには,日本の銅産出量の四割以上を古河鉱業が占めていた。解散後は古河グループと称し,日本の中枢を担う金属,電機,化学工業,金融などを中心とした巨大企業集団として財閥の影を残したまま政界・経済界で力をもっていった。
もともと人の少ない集落がいくつも集まっていた地域だったので,古河財閥が解体され足尾銅山が閉山されると多くの村が消えていった。
大間々村の近隣でも廃村になった村が出始めた。智はほんのわずかばかりの畑を耕し,細々と暮らしたが,山が色づき始めるころに持病が悪化し誰にも看取られることなく息を引き取った。
智の残したノートには,農作物の細かな成長記録と鉱毒問題の活動記録,そしてこれまで殺してきた大量の害獣の詳細が記されていた。
誰も管理しなくなった畑はあっという間に南瓜で覆われ,放置された南瓜はオレンジ色に染まり,熟れて割れた実からは真っ赤な血のような種を吐き出した。
その光景はまるで,たくさんのキツネが真っ赤な口を大きく開けて,毒にまみれた血を吐いているようだった。
それ以来,知らないうちに畑で実をつけた南瓜は嫉狐南瓜と呼ばれ,山を削り川を汚染し,山の生き物を殺した人間に復讐するための呪がかけられたものだといわれ忌み嫌われた。
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