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「で,そのキツネ,どうするね?」
「ここ数年は不作続きだ……可哀想だけど殺らにゃあ,人間様が死んじまうよ……」
「そうか……」
「ここいらの畑はみんな渡良瀬川の水を引いてるからな,最近の不作の原因は鉱毒かもしれねぇし……」
「お前はまだ,渡良瀬川改修群馬期成同盟会の活動をやってんのか?」
「ああ,相変わらずお上相手に川の取水口の改良工事に予算を出せってやりあってるよ」
「そうか……。川の汚染が山にも影響してるのかもなぁ……。そう考えると,もしかしたらキツネも渡良瀬川の鉱毒問題の影響を受けてんのかもしれねぇな」
「かもしれねぇな。まぁ,お国は戦争戦争って田舎に金をまわす余裕はないみたいだけどな」
「早く戦争,終わらねぇなかな……」
武次は昔から動物が大好きで,戦争で敵兵は殺せても犬や猫は殺せんと口癖のように言っていた。
戦争が終わったら動物の面倒をみる仕事をしたいと考えていた。動物にしてみれば,きちんと世話をして餌をくれる者の左手があろうがなかろうが関係のないことだったし,武次も動物の世話をするほうが人と接するよりも気が楽だった。
「それにしても,そろそろ雪も溶けるっちゅうのになぁ……。山に喰いもんなんていくらでもあるだろうに,人様の畑で楽に喰いもんにありつけることを知っちまったとはなぁ……」
武次にとっては,なんの罪もない食べるわけでもない野生動物を殺さなくてはならないのが不憫でならなかった。
「まぁ,しょうがねぇよ……武次。キツネなんて臭せぇし,喰っても美味かねぇし,こっちだって殺りたくはねぇんだけどなぁ……」
「うちの裏にお稲荷さんがあるだろ。あのキツネは神様の使いだからな」
智は武次がなにを考えているのかよくわかっていた。武次は静かに酒を口に含むと,大きなため息をついた。
「追っ払うことはできねぇなかぁ……」
「諦めろ,武次。うちの畑がやられりゃ,うちの家族が死んじまう」
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