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しばらくして,智は畑の隅にトラバサミを仕掛けた。野犬や野良猫が掛からないように,やけに目立つところに置いてあった。
「なぁ,智……。お前,キツネを捕まえる気あんのか? あんなとこにトラバサミ仕掛けて」
武次には智の優しさと葛藤が手に取るようにわかった。たっぷりと油を染み込ませた鉄のトラバサミは,鼻の悪い人間でもすぐにそこに何かが置かれているのがわかるほどだった。
「できることなら,キツネは殺したくねぇんよ。賢いキツネがトラバサミを見て畑に近づかなくなってくれれば,ありがたいんだけどな……」
智は恥ずかしそうに笑った。そして,トラバサミがより目立つように周りの土を掘り起こし,そこだけ土が盛り上がるようにした。
「そうだな……だといいな」
そんな話をしていた数日後,トラバサミにキツネがかかった。激しく暴れた様子が大量に残されたトラバサミの周りの血と毛を見ただけで容易に想像できた。
キツネはひどい皮膚病で,あちこちの毛が抜け落ち,肌もところどころ赤黒くかさぶたのようなもので覆われていた。
智が見つけたときにはまだ息があったが,それがキツネとわかるには少々時間が必要なほどだった。
土の上に横たわり,微かに息をするキツネの澄んだ目はとても綺麗で,なぜこんな美しい目をした生き物を殺さなくてはならないのかと胸を締め付けた。醜くただれた全身と右脚に喰い込んだ鉄製の真っ黒なトラバサミがキツネの目をより神秘的に見せた。
キツネの身体よりも大きいトラバサミは,脚を切断するほどの破壊力があったが,刃が骨に喰い込んで固定され,一晩かけてキツネの生命力を奪っていた。
かすかに上下する胸の動きと死を覚悟したキツネの目を見ていると,トラバサミを仕掛けたことを心の底から後悔した。
「お前も戦争の犠牲者か……それとも鉱毒の犠牲者か……。まぁ,どっちにしろ,人様に迷惑をかけちゃぁいけねぇだろ……」
智はキツネが少しでも苦しまないよう,鍬で首を落として畑の隅に埋めた。
それから畑が荒らされることはなくなったが,畑仕事をする度に埋めたキツネの様子が気になってしかたなかった。
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