嫉狐南瓜《ねこかぼちゃ》

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 一九四五年八月十五日,大日本帝国政府はポツダム宣言受諾(無条件降伏)をアメリカ,イギリスを中心とする連合国側に通告したことを国民に知らせ,日本ではその日に戦争が終わった。 武次も智も,日本の敗戦は随分と前から感じていたので驚くことはなかった。むしろ,これでようやく戦争前の生活に戻れると思い,安心と期待でそわそわした。  とくに智にとっては渡良瀬川の汚染問題のほうが戦争の終結よりも重要で,生まれ育った村を足尾銅山から渡良瀬川に流れる鉱毒から守ることで頭がいっぱいだった。  東京がどうなっているのかわからなかったが,群馬県と栃木県の県境にある片田舎の生活はすぐには変わらなかった。  戦争があろうがなかろうが,蝉と蛙の鳴き声で静けさとは無縁の毎日で,生きるために炎天下のなかで必死に畑を耕した。少しでも油断するとアブに喰われた。  畑で採れる野菜と渡良瀬川で獲れるハヤや鮎が毎日の食卓にあがり,子どもたちは「蛇の卵」や「蜂の子」をおやつ代わりに食べていた。  智たちの住む地域では,すべての生活に渡良瀬川は直結していた。  ある日,智が畑を耕していると,植えた覚えのない南瓜のツルが地面を這うように生えているのに気付いた。 「なんだ……? どっかから種が飛んできたか……?」  畑の端にあったこともあり,邪魔にはならなかったのでそのまま放置することにした。
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