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固唾を呑んで見守る観客の微かな衣摺れの音さえ、耳元に轟くようだ。
「紺は、俺の事をどう思っている?」
ベニは手を抜く気がないのか。優しい声で俺を追い詰める。
「……好きです」
聞こえなかったのか、周囲が微かに騒つく。もうこうなればヤケだ。俯いていた顔を上げて、真っ直ぐにベニを見詰める。
将来絶対ハゲると言われても痛め続けた髪は、今はもうこの夜と同じ深い闇色。重い疲れが頬を削いで、会わなかった長い時の中で、少年は大人になっていた。それでも、この心は何も変わっていない。あの日のまま。彼の存在は胸を締め付けて、狂わせて、そして、奇跡的な幸福の予感を与えてくれる。
「愛しています」
偽りのないその答えに、ベニは嬉しそうに微笑んで俺の手を取った。
「一緒に生きよう」
薬指に通された細い指輪。もう、逃げられない。
鳴り響く拍手の中、ベニは俺の右肩に手を掛けて、左手で顎先を掬い上げた。初めてだなんて、バレたくなくて。慣れたふりをして震える瞼を薄く閉じる。
真っ暗闇の中、唇に触れたやわらかな熱。ゆっくりと溢れてゆく涙。
微かに触れた唇を離し瞼を開けば、目の前で微笑む恋い焦がれた男。繋ぎ続けた奇跡への希望が突如舞い落ちた事が、今更ながら信じられない。途端顔が燃えるように熱を上げた。
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