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一体何なんだ。そう思ってふと春海さんに視線を向けると、何故か、目があった気がした。
「それでは御紹介致しましょう。このお庭に咲く美しい薔薇の華」
そう言って、春海さんは俺の方向に向かって手を差し出した。
「マドモアゼル──」
純粋に男だし、マドモアゼルでも何でもないが、何故かスポットが俺に集中している。
「まって、何なの?」
訳がわからないまま、ステージから降りて来たダンサーに囲まれそのままステージ上に引き摺り上げられる。
「え、何やってんの?ちょっと、え?」
事態が飲み込めず辺りを見回していると、これまた何故か、ダンサーが割れたその先に、漆黒のタキシードに身を包んだベニの姿があった。
これはもう、店を上げた盛大な悪ふざけだ。その怒りよりも、混乱が先に立つ。
「紺をもらいにきた」
ふざけた事を言いながらも真っ直ぐなその瞳に、呑まれてしまいそうになる。
「何なの、これ」
それでも必死で不快を露わにしてはみたが、誰ひとり聞いちゃいない。
膝をついたベニが、ポケットから小さな指輪を取り出した。
「俺と一緒に、生きて欲しい」
何だよこれ。プロポーズじゃないか。
「プロポーズだよ」
まるで心の声が漏れてしまっているのか、ベニは微笑みながらそう言った。
大の大人が真面目な顔をしてこんなふざけた事を考え出したと思うと、悩んでいた事が馬鹿みたいだ。一体どれ程の人が、こんな俺の為に頭を悩ませたことか。一体どれ程の人が、身勝手な俺を想ってくれていたか。今更ながらに思い知る。
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