高校二年生、初夏

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 額に汗して漸く辿り着くと、紺は校門に軽く凭れ、ぼんやりと空を仰いでいた。夏の陽射しの中で立ち竦んでいるだけなのに、やはり一際輝いて見えるのは、艶やかな黒髪のせいか、首筋を緩やかに落ちる汗の滴りか。  遠巻きに纏わり付くようなねっとりとした眼差しを送る人々など、まるで別世界に生きているようだ。完全に世間を遮断し、自らの世界に引きこもっているような、誰一人踏み入れる事の出来ない薄い空気を発している。実際、こう言う時に紺に話し掛けられる人間はいない。俺を除いては。 「お待たせ!」  息を弾ませて走り寄る俺に気付くと、紺は眩い笑顔で小さく首を振った。先程までの空気は見る影もない。今の紺にならば、誰でも簡単に立ち入る事が出来る。  何時からだったのだろう。紺が、他者を拒絶するようになったのは。  ふとそんな疑問が頭を掠めたが、今はそれどころではないと直ぐに漠然とした疑念を掻き消した。 「本当ごめん!どうする?次の回で見る?」  そう言いながら次の回の時間を調べようと携帯を取り出す俺を、紺は呆れた様子で宥めた。 「映画、また今度にしようよ。それよりうち来てよ!見せたいものがあるんだ!」  少しはにかんだように笑う紺は、やはり生まれた時から変わらない。引っ込み思案で、でも変に大胆で、大人びた横顔と、子供っぽい笑顔。ミステリアスで掴めないと良く言われる紺の、俺は全てを知っている。  肩を並べて歩きながら、また俺は優越に浸る。  男に言うには少し照れ臭い、美しいと言う言葉の似合う親友。どんなに陽に晒されても白い肌。切れ長で、それでいて甘い黒目がちの澄んだ瞳。少し湿った髪も、微かな動きと共にさらさらと音を立てる。  不意に、また新たな疑問が頭に湧き上がる。どうして、紺は彼女を作らないのだろう。そう言えば好きな子がいたと言う話も聞いた事がない。麗子も泣いていたし、何時もの如くフったんだろう。あんなに良い女を逃して、一体紺は何を求めているんだ。  初めて直面する、紺の分からない部分は、どうしてか酷く俺の心を掻き乱した。そんな権利なんてある筈も無いのに、俺は俺の知らない紺が、どうしても許せない衝動に駆られた。
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