二十三歳、初秋

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 車窓から流れ込む風は、まだ生温い。暦ではもう秋だと言うのに、最近ではまるで夏に縋るような日々が続いている。だが確かに、やがてこの夏も消え失せる。  通り過ぎてゆく夏を指折り数えながら、デコボコのアスファルトの振動に身を委ねた。  また、季節だけが過ぎてゆく。何も変わらないまま、だけど年だけは立派に取って。それが何だか、年々酷く悲しくなって来る。 「ツァオニーマー!」  軽自動車の乱雑なエンジン音を掻き消す盛大なクラックションと共に、隣からやたら早口の中国語が飛び出した。 「テレサ聞かせないか!本当ポンコツね!」  運転席で怒号を上げる中国人は、どうやらラジオからテレサテンが流れない事に苛立っている模様。毎度の事ながら、その諦めの悪さに溜息が漏れる。  彼は俺の勤める便利屋の店主、と言っても、不法滞在者であるから立場上は俺が店主になっているのだけど。名前は(わん)さんと言う。元警官だかなんだかで少々気性が荒く、暇さえあればかつての武勇伝を聞かせたがる。それさえ無ければ、仕事は真面目にこなすし、あまり干渉もしては来ないし、普通に良い人だ。  ただ、少し厳しい。 「アンタ、その辛気臭い顏直すね!だから女ない!結婚まだ!アタシの故郷の村、アンタの年なら子供六人いるよ!」  女がいない訳でもないし、王さんに言っていないだけで、結婚の予定がない訳ではない。しようと思えば何時だって出来るんだ。けれどそれを言うのも面倒で、望まれた通りに見え見えの笑顔を貼り付けた。 「今日暑いね。怠いし、早く上がれない?」  不躾な俺の態度に、王さんは糸目を吊り上げた。 「アタシ、年上!敬語使え!」 「はいはい。で、どうなんですか?」 「はいは一回よ!」  こんなやり取りも何時もの事過ぎて、新鮮さなんて全くない。それに王さん自身俺のぞんざいな態度にもう諦めが付いたのか、慣れた様子で薄い唇に煙草を咥え込んだ。 「今日のお仕事楽勝ね。一件しか入っていないね。最近不景気よ。それより何か、合コンか?アタシも連れて行け!」  年齢は不詳だが、多分六十は過ぎているのだろうと思う。いい年して、何を言っているんだか。  下らない王さんのアピールを無視し、窓の外に視線を投げる。移り変わる景色が、妙に空々しく見えた。
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