二十三歳、初秋

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 仕事が終わったって、予定なんかない。けれど誰かと騒いだり、笑い合う気にはどうしてもなれない。あの日から、やはり俺の心は爛れてしまったのだと思う。  高校を退学になって、荒れ放題荒れた挙句流れるままに堕ちてって、たまたま知り合ったこの不法滞在者と店を構え、便利屋なんて割に合わない仕事して。蜂に鼠、害虫の駆除の為にこのオンボロ軽自動車で駆けずり回る。決して儲かる訳でも無いし、危険がない訳でもない。  何より王さんは本来この国にいてはいけない人。それを便宜上雇っている事になる俺は、見付かれば刑務所行きだ。それもまた、人生と言えば人生か。そう諦めがつくようになったのは、何時からだったのだろう。  気持ち、涼やかな風が前髪を揺らす。  嗚呼、夏が終わる──。  不意に、そう感じた。 「……王さんさ、嘘吐いた事ある?」  唐突な俺の問い掛けに、視線だけを一瞬流した王さんの横顔は、硬く尖ってゆく。 「アタシだって人間ね。鬼と言われた男も人間ね。嘘吐いたよ。沢山吐いたよ。妻を愛してたから、吐いた嘘ね。妻は分かってくれたね。泣きながら笑ってくれたね。アタシの吐いた嘘、誰にも咎める権利ない。アタシ、守りたかった。それだけよ」  王さんの晴々しい横顔を見詰めながら、俺は思わず、叫びたくなった。言葉でも無い何かを、吐き出してしまいたかった。  俺には何も分からない。俺には何も残されてはいない。分かる事は、もう二度と、取り返しの付かない現実だけだ。
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