高校二年生、盛夏

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 不機嫌を露わに廊下を進み、辿り着いた生活指導室には、紺の担任である大村先生が一人、俺を待っていた。 「ああ、百瀬、悪いね。そんなに時間は取らせないから」  人の良さそうな細面の中年男。眼鏡の向こう側で、少し困ったように笑う人だった。その滲み出る人の良さが、また俺の苛立ちに油を注ぐ。 「何すか?」  あからさまな俺の態度に笑みを崩すと、大村先生はふいと視線を落とした。 「実は、椎名の事で、ちょっと──」  そのあと続いた言葉に、俺の小さな苛立ちなど瞬時に吹き飛んで、何か別の種類の苛立ちに取って代わった。  紺は取り分けて頭の良い方ではなかった。中の上程度で、目立って悪い方でもなかった。それが、最近になってがくんと成績が落ちているらしい。 「──大学に、行かない?」  思わず大村先生の言葉を反復した声は、微かに震えていた。一応にも進学校と呼ばれるこの学校に於いて、何の疑いもなく紺は大学に進むものと俺は思っていた。それは、例によって俺の中の根拠のない自信。紺が、俺の想像の及ばぬ所へ行く筈がないと言う、思い上がりが招いたもの。
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