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伸びきった蔓が縦横無尽に這い回り、小さな白いアーチを深緑に染め上げている。近隣住民は気味悪がり、行きずりの人々には雰囲気があると評判の門。
俺にとってじわじわと荒廃してゆくこの景色は、誰とも違う、酷く心苦しいものだった。
野生を爆発させた庭園を抜けて、随分風化した扉を開く。玄関には履き潰した革靴と、五年くらい前に流行ったスニーカー。後は庭に出る時突っかける程度のサンダルと、かなり時代遅れの形のハイヒールが一足ある。
そこにあるものは、確かな生活の匂いだ。反して部屋の中からは、物音一つ聞こえない。不気味な静寂に、けたたましい油蝉の断末魔が響き渡る。
荒れ果てた広いリビングを通り過ぎ、俺は埃の溜まった階段を上る。上がった先の再奥に見える扉から聞こえた弱々しい咳が、風のように耳元を通り過ぎた。
また、酷い苦しみが喉を締め上げる。
俺は意を決するように、ノックもせず扉を押し開き、まるで親友に会った時のような笑顔を作った。
「こんちはー!どうよ、調子は!」
言って僅かな後悔を覚える。ベッドの上に横たわる男の頬に落ちた黒ずんだ翳りが、病魔に侵された蒼白な顔面を余計に痩けて見せていた。
二、三度咳込んでから、それでも男は俺に悲痛な微笑みを向けた。
「ご覧の通りさ。紅君はどうだ?仕事は順調か?」
「まあ、どうかな。ほら、店長と合わないって言ったろ?」
態とらしく無遠慮を偽って、俺はベッドの端に腰を下ろしてむくれて見せる。男はそんな俺を宥めるように、眉尻を下げた。
「生まれた国が違うんだ、仕方がないよ」
そうなんだ。仕方がないんだ。そんな事は分かっているし、実際それ程苦とも感じていない。だがそれで終わるはずの時を、俺は無理矢理に膨らませた不満で埋めてゆく。
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