高校二年生、盛夏

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 生徒指導室を飛び出したその足で、俺は校門へと走った。早く紺に会わなくてはと、可笑しな脅迫観念に駆られて。  一歩目で熱せられた空気に噎せ、二歩目で体内の水分が暴れ回る。到着する頃にはもう、当然のように汗だくだった。 「ごめん、お待たせ!」  慌てて頭を下げる俺に向けて、また例の微笑みが惜しげも無く投げ掛けられた。最近待たせっぱなしだが、紺は決して嫌な顔はしない。それは俺と違い、独りに慣れているからなのかも知れない。紺はぼんやりと空を見上げたり、ゆっくりと本を読むのが好きな奴だった。まるで、深い傷が癒えるのを待つように。  学校から歩いて十五分程度の道程は、互いに空々しい会話を楽しんだ。空々しいと感じたのも、単に紺が大学に行かない事を隠していた事が俺の猜疑心を煽っていたに過ぎず、高校生特有の何の脈絡も意味もない、いつも通りの戯れ合いに過ぎなかったのだけれど。道中では、幾ら待っても俺の欲しい言葉は生まれなかった。  結局表面上は普段通り仲の良い親友を装いながら、俺たちは並んで俺の住むマンションの扉を潜った。 「お邪魔しまーす!」  玄関で元気良く響いたその声に、お袋は大慌てで台所から走り出た。 「あら、いらっしゃい!紺君、久しぶりねえ!」  そう久しぶりではないものの、紺の事を甚く気に入っているお袋は、それはそれは嬉しそうに笑っている。しかしながら久しぶりと錯覚するのも無理はないのだ。毎日毎日互いの家を行き来してた頃と違い、今は月に二、三度しか家には呼んでいない。娯楽も増えたし、何より、俺の家に来る事で、紺が傷付いてしまう事が怖かった。  元々、紺の母親と俺のお袋は大親友。その縁で俺たちの関係があるようなものなのだ。生まれた時から、二つの家族がまるで一つのように育って来た。その思い出は、今はまだ鋭過ぎて、繊細な心を簡単に傷付けてしまうから。
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