高校二年生、盛夏

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 逃げるように自室に入って直ぐ、お袋が運んで来た麦茶で喉の渇きを一気に潤す。だが満たされてゆく反面、ふと視界に入った紺の喉元に滴る汗が窓から差し込む陽射しに射抜かれするどく光り、生々しく喉仏が蠢いている光景が、妙に恐ろしく感じた。  思わず視線を逸らす俺に、紺は変わらぬ声音で言葉を掛けた。 「夏休み、どっか行く?たまにはさ、この街離れて、旅行とか行きたいよね」 「親父さん大丈夫なのかよ」  相変わらず視線は逸らしながら答える俺を気にも留めず、紺は白々しく話しを進める。 「冴子さんが来てくれるみたいだから、大丈夫だと思うよ」  冴子さんは、紺の父親の姉だ。隣の県に住んでいるのだが、良く様子を見に来ていたのは知っていた。親戚に任せれば未成年の紺がいるよりは数段安心出来る。  だが俺は、じゃあ何処かへ行こうなどと楽しい旅行の計画に進み入る事がどうしても出来なかった。例によって、紺が俺にした、小さな隠し事の所為だ。 「紺、大学行かないの?」  これ以上は耐え切れなくて率直にそう問うと、紺は何ら迷いも見せずに頷いた。 「うん、行かないよ。働くつもり。幾ら遺族なんとかとか色々貰えたって言っても、大学はね。それに父さんの為にも、早く自立したいんだ」 「何すんの?」 「全然考えていないけど、どうして?」  俺はその言葉に、酷く動揺した。先程飲み干した麦茶の味ばかりが、否応無しに喉元にせり上がる。 「いや、何で教えてくれなかったのかなと思って」  やっとの思いで発した言葉も、紺は空惚けたように跳ね除けた。 「え?どうして?だって、別に何も変わらないよ?俺が働いたって、ベニとは親友だもん」  本当に、そう思っているのだろうか──。  そう感じてしまったが最後、目にも留まらぬ速さで成長を遂げた疑念が、我慢も出来ずに口をついた。
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