高校二年生、盛夏

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「なあ、何かあるんだろう?俺にも言えない事なのか?」  紺は少しだけ眉根を寄せて、そして物悲しげに瞳を伏せた。 「父さん、たまに俺を(あおい)って呼ぶんだ。それが辛くって」  蒼──それは、紺に良く似ていた母親の名だった。美しい人だった。天真爛漫で、笑顔が絶えなくて、優しい人だった。  その存在を、残酷な現実をその口で言わせて、傷付けてしまっただろうか。その罪悪感が更に俺を追い詰める。 「……本当に、それだけか?」  〝それだけ〟なんて、態とらしく酷い言葉を吐いて、俺は自らが馬鹿である事に逃げた。紺は困ったように微笑みながら、俺に向けて強く頷いて見せた。 「うん、そうだよ」  そして一瞬の静寂の後、突然堰を切ったように笑い出したのだ。 「どうして、俺がベニに嘘を吐かなきゃいけないの?」  あの時の紺の笑顔は、余りにも強い意志を持っていて、その言葉を信じるより他に、俺は何一つ出来なかった。だが確かに、あの時から少なからず俺は、紺に対して不信感を抱き始めていた。紺に対して、と言うよりは、不変に思えたこの関係の、不確かさについて。  そして今、ぶつけどころの無い焦燥に駆られた時に思う。どうして?そう言うのなら教えてくれよ。  どうして、おまえは俺に嘘を吐いたんだ──。
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