二十三歳、初冬

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 昼頃に三倉春海が帰ってから、俺は動かずにいたらしい。気が付くと、寝巻き姿の雅が先程男が座っていた場所で新聞を読んでいた。息をする事さえ忘れていた心地になり、深い呼吸を繰り返していると、雅はちらりと俺に視線を投げた。 「夕飯、どうする?」  時計を確認して、また深く息を吸う。既に十九時を回っていた。この時間に家に居ると言う事は、今日も俺に合わせて休みを取ったのだろう。現実を確認した途端に、怒りだけが燃える。 「何でこんな事したんだよ」  雅は低く吐いた俺の言葉にも、何の反応も示さない。 「お前には関係ないんだよ。いい加減にしろよ」 「いい加減にするのは貴方の方よ」  新聞から視線を逸らさないその舐めた態度に、俺はまた怒りに任せて小さな机を蹴り上げていた。 「言っただろ!お前に何が分かる!余計な事をするな!」 「だってこうでもしなきゃ、貴方は逃げてばかりじゃない!」  普段どんなに俺が癇癪を起こしても冷静で、殆ど声を荒げる事のない雅の怒声に、情けなく驚く事しか出来なかった。 「貴方には紺さんが必要で、紺さんにはベニが必要なの。そうでしょう?」  紺にとって俺が必要な存在なら、どうして消えたりしたんだ。何故嘘を吐いた。 「私が、何でベニみたいなクズと何年も一緒にいたと思う?」  返事を期待していた訳でもないのか、雅は転がった机を元に戻すと、真っ直ぐに俺を見据えた。その瞳は、見たことがない色をしていた。 「好きだったの、ベニの事。知らないでしょう。ずっとよ。もう、十五年。貴方がそこら辺で会ったよく知りもしない女を取っ替え引っ替えしている時も、嬉しそうに綺麗な彼女を紹介してくれた時も、その彼女と別れて、落ち込んでいた時も、紺さんがいなくなったって取り乱して私の所に来た時も、あの街を出て、知りもしないギャンブルに手を出して借金作って、酒に溺れて、沢山の人を傷付けていた時も、漸く立ち直ったフリをして、真面目に働いて、私の恋人として目の前にいる今も────」
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