二十三歳、初冬

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「五年前、貴方から好きだなんて言われた事もないけど、どんな形だろうが恋人と言う関係になって、諦めなければ想いは届くんだって思った。漸く私も報われたんだって本当に思ったの」  雅はいつでも気丈で、感情を表に出さない女だった。 「でも、嬉しくなかった。この五年、幸せなんて感じた事なかった」  俺は、真性のバカなのだろう。彼女がこれ程に強い想いを抱いて生きて来た事を、一寸も見抜けないのだから。 「だから私には分かるの。紺さんが貴方から離れなければならなかった理由。高校生の頃、菜々と話している時に貴方と紺さんが付き合っているってあの子が妄想していた事があったでしょう。気持ち悪いって言ったの覚えている?」  確かに、言った。だが頷く事が出来なかった。 「紺さんはね、私と同じよ。ずっと報われる筈のない片想いをしていたの。同性愛を気持ち悪いと吐き捨てた貴方みたいなクズに。辛かったでしょうね。私の何倍も、苦しんできたと思う」  大人になった今なら分かる。俺は紺に対して同じような事を言ってしまっていたのだろう。全く覚えていない位、自然に。 「でも、私が貴方と付き合えて嬉しいと思えなかった理由はね、私が貴方をずっと想ってきたように、貴方が、紺さんを忘れなかったからよ」  これまで決して面と向かって見せる事のなかった雅の涙が、静かに頬を撫でた。紺が嘘を吐いた時と同じ、見えぬ決意に満ちた、涙だった。 「ねえ、ベニ。私を幸せにするって言葉が嘘じゃないのなら、お願い、もう逃げるのはやめて。向き合うべきよ。紺さんとも、貴方の心とも」  一体どうしたら良い。雅の言った事が、本当に紺が失踪した理由だとしたならば────。  部屋を出て行く背中を呆然と見送り、俺は三倉春海の残した小さな名刺を握り締めた。
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