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特に会話も交わさないまま歩き続け、いつもの別れ道まで来ると、紺は徐に振り返り微笑んだ。
「母さんが死んでから、色々あったね」
紺の口からあの事件の話しが飛び出し、俺は思わず曖昧な返事を返す。しかし、紺は気にも留めない風に話し続けた。
「初めて喧嘩したのも、なんか懐かしいね。仲直りってどうしたら良いか分からないよね。でも、そんな風にベニを不安にさせたり、俺ダメだね」
でもね────そう言って、紺は真っ直ぐに俺を見据えた。
「俺にとってはね、ベニ。嘘を吐くことよりも、この秘密を明かすことの方がよっぽど罪深い事なんだ。だから言えない。分かってとは言わないけれど、この先何があっても俺はこの秘密を守る。だから、ごめんね」
余りにも重い決意。それを前にして、分かったと言ってやる以外にもう何も言えなかった。
「仕事、決まったの?」
このまま別れるのもどこか寂しい気がして、俺は無理矢理に話題を変える。
「うん、四月からはあの角の工場で働くつもり。給料はそんなに良くないけど、まあ実家から通えるしね」
「そっか」
その返答に不安を覚えたのか、紺は取り繕うように続けた。
「全然遊ぶ時間なくなると思うけど、またいつでも家来てよ。父さんも喜ぶからさ。映画も観に行こう。たまには旅行行けるかなあ。海外とかも行ってみたいよね」
楽しみだな、そう返す俺に、紺は嬉しそうな笑みを向けた。
「生活は変わるけれど、でも、ベニはいつ迄も俺にとって一番大切な親友だから────」
それが、俺たちが交わした言葉の、そして紺を見た最後だった。
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