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食事を終えた美月は、絵画展に会場に向かう。歩いて5分ほどの会場は、ビルの一階のテナントで行われていた。入り口の若い従業員の女の子に、招待券を差し出して記帳する。
「ごゆっくりご覧下さい。後ほど、ご感想などお伺いしに参ります」
「ありがとう」
美月は会場を見渡した。それほど大きくはない会場には、50人程の人がいてなかなかの盛況ぶりだ。特に入り口近くの絵は、有名な物なのか人だかりが出来ていた。美月は人だかりを避けるように奥に入ると、一枚の風景画が目に留まった。その大きなキャンパスに吸い寄せられるように辿り着く。どこかの小道だろうか、たくさんの木々や草に囲まれて、新緑の緑がハレーションを起こしたように輝いている。少しの土と木の幹の茶色以外はすべてが緑。
思わず深呼吸してしまう…
「気に入っていただけましたか?」
「はっ…い!」
不意に話しかけられて、美月は思わず声がうわずった。隣に立っていたのは白髪が少し混じった、笑顔の優しそうな男性だった。年齢的には50代ぐらいだろうか。水色のさらりとしたシャツに、グレーの手触りのよさそうなジャケットがよく似合っていた。
「植物の色がね」
そう言って男性は、まるで愛しい子供を見つめるように視線を絵に向けた。
「あぁ…すごく緑がきれいですね」
美月も同じように、視線を絵に戻す。
「緑に見えるけれど、緑だけじゃあない」
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