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彼が泣いているのを聞いたあの日から、数日が経った。
あの日から冷蔵庫の中身が少なくなっていた。
一日の間に、一度も扉が開かれないこともある。
僕は嫌な予感がしていた。
あの時の笑顔が、もしかすると二度と戻ってこないのではないかって。
また数日経った。なんだか僕が目覚める感覚も長くなってきている気がする。
この部屋には、僕と彼しか居なかったのに。
知らない人が急にやってきたんだ。
なんで分かるかって?だって冷蔵庫の中身を探る目の前の男は、僕が見たことが無い人だったから。
扉を開いたまま、見知らぬ彼はこう言ったんだ。
「もう、戻って来い。無理して一人で暮らして行く必要は無いだろう。」
僕には、その言葉の意味が理解できなかった。
それもそのはず、僕は何も知らなかったから。
あの笑顔だった彼が、仕事を辞めていたことなんて。
正しくは、仕事を辞めなくてはいけないほど彼が傷心していたことを。
僕の記憶の最後。冷蔵庫の中身が全て無くなったあの夜の日。
この部屋に置かれてから、初めて彼が話しかけてくれたんだ。
「おつかれさま。」
僕はその言葉を聞き終わると同時に、まるで死んだかのように意識が途絶えた。
何が起こったかなんて分からない。でも、最後に彼の言葉と少し笑った顔を見られたから。
僕はそれで満足だ。
彼にしてあげられたことなんて、なにも無いかも知れないけれど。
彼が僕と出会った時の、笑顔が取り戻せることを、ただ祈るばかり…。
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