鼻唄

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私が死んだ理由。 それはお風呂で鼻唄を歌ったから。 その鼻唄を、配達帰りに自転車で通りかかった、近所の八百屋のおばちゃんが聞いたから。 あれ?この唄なんて曲だったかしら? そうそう。「肉じゃがと君」だったわ。 あらやだ。今夜は肉じゃがにしようかしら、とおばちゃんが考えたから。 でも旦那さんはその頃お店で茄子を並べながら、「安いよ安いよー。奥さん今日の夕飯、麻婆茄子なんてどう?」と威勢良く言いながらも、自分は今日はカレーがいいなと考えていたから。 二人の思惑がすれ違ったその瞬間。 三十年間連れ添った夫婦の、時空をも凌駕した負の力が、二人の数百メートルの距離を越え、おばちゃんの心の奥の底の闇の中の更にちょっと先を右に曲がったところに眠る力を目覚めさせた。 その力とは「専業主婦希望」 一方旦那も、己の心の闇の奥深くの深淵から、三歩進んで二歩下がって、あんまり足元を見てなかったもんだから、後ろに引っくり返って頭をしたたかに打ち付けた岩の下に眠る力を目覚めさせていた。 その力とは「夫婦共働き」 二人の力は強大であった。 おばちゃんが大地を割り、風を操れば、 旦那は縦横無尽に空を駆け、雷を呼んだ。 後に語られる「千年戦争」の始まりである。
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