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雨が降っている。
空を見上げ、気持ちが高まる。
雨はわたしにとって特別だ。
早る気持ちを抑え、大切な場所へと急ぐ。
彼に会える場所。雨の日だけの彼。
約束はしていない。
彼がいるのかもわからない。
それでも息を弾ませ急ぐ。
会えるかもしれない喜びと、会えないかもしれない不安とが入り交じったドキドキで胸が苦しい。
近くまで着くと、わたしはなんとか呼吸を整えて辺りを見回した。
彼は来ているだろうか……
何度か彼と話をしたその場所へ向かう。
それほど大きくはない樹だけれど、座って雨宿りをしながら話した場所。
少しずつ見えてきたその樹の下に、彼はいない。
樹の近くまで行ってみる。
しかし彼の姿はない。
わたしは樹の下に座り、俯いてため息をついた。
彼は近くにいるのかもしれない。
でも今日は会えるかわからない。
約束はしていないから。
ただ雨の日に、同じ樹の下で雨宿りをしているだけ、それだけだから。
「やっぱり来てた」
不意に聞こえた声に顔を上げる。
「遅くなってごめん」
わたしは嬉しくて、でもなんて言えばいいのかわからなくて、ただ首を横に振る。
そして彼の顔を見上げた時、自然と笑顔が溢れた。
彼は隣に座り、雨宿りをしながら話をした。
他愛もない話。
でもとても幸せな時間。
「これからは雨じゃない日も会えないかな」
ほんの少しの沈黙が流れた時、顔を赤らめ彼は言った。
「わたしも……」
ドキドキして言葉が詰まる。
声を振り絞ってなんとか続ける。
「わたしも、会いたい」
必死で伝えた言葉を彼は笑顔で受け入れてくれた。
「でも出来れば、雨の日がいいな」
「わたしも、やっぱり雨の日が好き」
そう、彼もわたしも雨が好き。
わたしは幸せな気持ちで口ずさむ。
「ケロケロケロケロ」
「ケロケロケロケロ」
彼も一緒に歌い出す。
わたし達は蛙。
わたし達は雨が好き。
特別な、雨の日が好き。
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