第三章:硝子の向こう側

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**********  朝のラッシュを避けるため、それより1本前の電車に乗る事が入社以来ひかるの習慣になっている。  以前住んでいた所はバスに乗ってまず地元の1番大きな駅まで出向き、そこから電車に乗っていた。  起床時間が5時半に安定したのはそのためだ。  しかし、今のマンションは駅まで徒歩でそうかからない。  時間に余裕がない時は稀に自転車と使おうと思っているが、その出番は未だなかった。  それでも、3年以上同じ生活を続けていたため今でもほぼ同じ時間に起床するのが常だ。  ラッシュの1本前、という事は、まだ出勤してきていない社員も多い時間帯にひかるは出勤している。  営業五課に着く頃には先にひとりかふたり程度いるだけで、まだまだ静かな課内といった感じだ。  各々給湯室へ行って珈琲やお茶を持って来たり、はたまた1日の予定を早くも確認している人まで多様である。  ……落ち着け。もういい年なんだから。  告白されたくらいで顔を合わせるのをためらう様ではまだまだ『大人の女性』にほど遠い。  いつもならばすんなり入っていける課の前でひっそりと胸に手を当て、ひかるは自分に言い聞かせていた。  制服に着替えるまではよかった。  しかし、エレベーターを上がり営業5課のプレートを目にした瞬間から心臓がドギマギして落ち着かない。  実は真田もひかると同じ、ラッシュを避けて出勤組である。  わかっているからこそ、開け放たれている営業五課へ勢いよく入っていく勇気がない。  扉のすぐそばの壁に背をぴったりと当てて、既に10分は『自分に言い聞かせる作業』を続けていた。  よし、もう1度深呼吸をしたら中に入ろう。  いつもみたいに『おはようございます』と元気に入っていって、何事もなかったのように真田にも挨拶を、 「何やってんのお前」  想定外の強制シャットダウンをされたように、ばっつりと思考を遮る声がした。  すぐ左側にある扉の内側からではなく、エレベーターのある右手方向から。
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