15人が本棚に入れています
本棚に追加
「えっ……えっ?」
弾かれたように振り向くと、ひかるに緊張をさせている張本人が立っていた。
怪訝な表情を浮かべていた真田は、ひかるの胸元を見遣って首を傾げる。
「思いつめたように胸に手なんか当てて、何やってんの」
「え、あ、あのこれは別に」
突然すぎる登場の仕方に頭がまとまらないひかるを見るや否や、真田はニッと笑った。
「もしかして緊張してたの。俺と会うの」
「そんなここことなないないです」
「説得力ねーなぁ」
そう言うと真田は、鞄を持った手と反対側の左手でひかるの髪をぐしゃっと掻きまわす。
「ちょ、せんぱ」
文句を言おうと顔を上げたひかるの耳元に、ふっと近付いた真田の唇が触れる寸前で止まった。
身体の距離は先程とそう変わらないのに、顔だけが近い。
鮮やかなほどに素早い動きと羞恥で言葉を失う。
耳元で、くすりと笑う音がした。
その音さえ耳元でふるえてくすぐったい。
全身の熱が顔に昇っていくのがわかる。意識は耳元に集中していた。
くすくす、とまた笑う音がした後、
「すげぇ可愛い」
低く、艶のある声が聴こえた。
ゆっくりと離れた真田は、未だ固まっているひかるを見て軽く微笑む。
今度は優しくくしゃりとひかるの髪を撫で、すり抜けるように室内へと消えていった。
と同時に、「おはようございまーす」といういつもの真田の声が聞こえる。
ひかるは微かに震える右手で耳元を抑えた。
頬も耳も心臓も、誰か他の人のものになったんじゃないかと思うほどに熱くなっている。
あんな真田は初めて見た。あんな声は、初めて聴いた。
昨夜の真田を思い出す。
『待つとは言ったけど、遠慮するとは言ってないからな』
わかっていたはずだと思っていたけれど、本当の意味では分かっていなかったのかもしれない。
だって、知らない。
真田のあんな顔も声も、全然知らない。
だけどさっきのあれがきっと、宣言通りの『遠慮しない』姿なんだ。
最初のコメントを投稿しよう!