第三章:硝子の向こう側

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***********  とりあえず顔の火照りをどうにかしなければ。  このまま課に入っていったら動揺しているのが真田にバレバレな上、他の同僚たちにも何事かと首を傾げられてしまう。  いつもの自分なら適当に躱せる自信があるけれど、今はとても無理だ。  そう思い、ひかるは女子トイレへと向かった。  入社した時に一番驚いたのはこの女子トイレだった。  まるで百貨店のトイレのように、手洗いゾーンと化粧室ゾーンが区切られている。  化粧室ゾーンへと入り、鏡と対峙する。  予想通り耳まで赤くなった自分の顔がそこにあった。 「落ち着け」  下を向いて目を瞑り、深呼吸をする。  そして再び鏡へと顔を上げたと同時に、 「はあっ?」  裏返った声が出た。  だってそこに人が居たのだ。  自分以外の誰も映っていないはずの場所に人が居たら驚くに決まっている。しかもそれは、 「あ、暁く……?」  目の前に映るひかるの斜め後ろに、暁が居た。  いつも家で見るような、少し眠そうな瞳とぼさぼさの髪。そして宙に胡坐をかいて、右手で頬杖をついている。 「えっ、えっ……?」  隣を確認する。……居ない。  ひかるの隣には誰もいないのに、鏡の中には確かに居た。 「え、ど、どういう事?」  声をひそめて鏡の中の暁に問う。ふわぁ、と欠伸をした暁は答えた。 「どういうって、見たままの事だけど」 「ここ女子トイレだよ?」 「突っ込むとこそこかよ。まぁ安心しろ、こっちから周りの景色は見えない。ひかるしか見えてないから」 「そういう問題じゃなくて、なんで鏡の中に」 「別に鏡の中に居るわけじゃない。あんたにしか見えないようにしてるだけ」 「だからそれがどういう事だって」 「あ、人が来るな。このままじゃひかるは鏡相手に独り言してる変な女」 「誰がそうさせてると思って」 「その顔。ちゃんと戻してからデスク行けよ」  鏡越しにひかるを指さした暁は、そう言うとゆらりと煙のように消えた。
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