第三章:硝子の向こう側

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 次の瞬間ギイッという音とともに女子トイレの扉が開き、2人連なって社員が入ってきた。  暁の言葉に入口を見たひかるは社員たちと目が合ってしまい、お互い会釈で挨拶をする。  改めて鏡と向き合うが、そこに暁の姿は既にない。 『その顔ちゃんと戻してから』  途端に声が蘇る。  まじまじと見つめてみると、耳の赤さは抜けたものの、頬がチークのものではないとわかる火照りを残した状態のままだ。 「ていうか……何しにきたのよ、暁くんは」  化粧ポーチからミストを取り出し、ひかるは呟いた。  暁がいる世界は『上』にあるらしい。  上って何だろう。  一般的に『上』を指して言うのは『天国』だ。そうなると、暁は既に生きてはいない存在という事になる。  ……幽霊?  一瞬浮かんだ考えにうすら寒い思いがしたが、すぐにそれは打ち消された。  幽霊なら『元人間』になる。  それなら、衣替えを知らなかったりするはずがない。『この世界でなら怪しまれない姿』として高校生の制服が充てられた、というような事を言っていたから、これは違うだろう。  次の可能性としては、『神様などのいる世界』。  暁より『エライ人』がいるという点ではしっくりくる。  しかしそうすると、暁は神様の下、つまり『天使』のような存在という事になるはずだ。    ……天使?あれが?  常に眠そうな切れ長の瞳、寝癖のようなぼさぼさの髪。  ビー玉のようなあの瞳には確かに不思議なものを感じるが、とてもそうは思えない。むしろ家で寛ぐ姿は普通以上に面倒くさがりでだらしない男の子だ。  ただ、本来常に宙に浮いているらしいことはわかっている。  天使と言えば、確かに宙に浮いているだろう。   でも暁には飛ぶための羽根が見当たらない。  羽根のない天使なんているのだろうか?それとも、ただ見えていないとか? 「……さっきから何考えてんだろ私」  自然とため息が出る。  20代も後半になってから、こんな非現実的な事をひたすら考える羽目になるなんて思わなかった。
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