10月  その1

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 五嶋は准教授であるが、北陵工業高等専門学校一の変わり者と評されている。  無精ひげに適当に撫で付けた頭。ヨレヨレのワイシャツに申し訳程度にぶら下がっているネクタイ。足元は素足にサンダルだ。  ボーっとした顔で宙を見上げ、中で何を考えているのか全くわからないその姿は、どこか世離れした仙人のようでもあるが、その実世俗の垢にべったりとまみれ、酒もタバコもギャンブルもしっかり嗜む。教官室でくわえタバコで週刊誌のグラビアを眺めているその姿は、とても真っ当な教師とは言えない。  三十六歳。男としてはまだまだこれからという年齢にもかかわらず、覇気の全く感じられない仕事ぶりには、不惑を前に早くも冴えない中年の哀愁が漂っている──と学生の間で噂されているのは五嶋も承知の上だ。  三年次より五嶋が担任を勤める、この電気工学科五年は全部で三十三人。うち二人が女子だ。  三十二人目までは全員の返事が返ってきた。が、五嶋の目は既に、窓側最後列のたった一つ空いた席を捉えている。 「渡部」  返事がないことは誰もがわかっていた。 「渡部しのぶ、いないかー」  五嶋は出席簿の渡部しのぶの欄にバツを一つ加えた。その前には、欠席を示すバツが既にいくつか並んでいる。
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