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数日後。
五嶋は夜の繁華街に一人佇んでいた。別に呑みに来たわけではない。遠くの都市で行われた学会の帰りなのだ。
ネオンがきらめく駅前の盛り場は、いつ来ても賑やかだ。ここまで来たからにはいつもの店に──と足を運びたくなるが、あいにく今日は車がある。駅から遠い自宅まで、こんな時間ではバスもろくに走っていないし、タクシーなど高くて問題外。仕方なく帰りは車で帰ろうと、朝から近くの駐車場に停めておいたのだ。
時計は既に二十二時を回り、家路につこうとしている人影もちらほら見える。北国の早い冬の訪れを予感させるように、コートの襟を立てて足早に去っていく。
オレもとっとと家に帰って、ひとっ風呂浴びてからビールでも飲むか──そう心に決めて一歩踏み出そうとしたその時、通りの向こうに見覚えのある人影を見つけた。
派手な顔に似合わない、古風な長い黒髪。長身のスレンダーボディをファーで彩られた黒のコートで包んで、堂々とタバコをくわえている。
その向かいで、顔のいい男が何やら彼女に対して怒鳴り散らしていた。五嶋の知らない顔だ。
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