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彼女──渡部しのぶは男からの怒号も何処吹く風と、そっぽを向いてタバコをふかしている。
諍いの原因が何かは全くわからないが、二人がケンカしていることは確かだ。周囲は見て見ぬふりをしつつも、気になるのか振り返ったりささやきあっている。
急に、男がしのぶの胸倉をつかんだ。それでも彼女は平然として、男の顔をじっと見据えている。
「……てめえッ!」
激昂した男が振りかざした拳を──五嶋は無意識のうちにつかんでいた。知らず知らずのうちに足が動いていたようだ。
「せ、先生?」
突然現れた担任の姿に、しのぶが目を丸くする。
「何だよ、テメエは! ジャマなんだよ!」
「あー……この子が何かいたしましたかね?」
五嶋のトボけた口調が、男の怒りに油を注いだようだ。
「うるせえッ! お前がしのぶの新しい男か!」
否定する間もなく、しのぶが抱きついてきた。
「そう。この人、見た目はただのオッサンだけど、あんたとちがってスゴイの」
「スゴイって……何が?」
「先生は黙ってて」
何だかよくわからないうちに、男と別れる口実に仕立て上げられたようだ。迷惑以外の何物でもないというのに。
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