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「……私、先生に言ったよね? 『一夜限りのいい思い出にしよう』って。『後腐れはなし』って。だからもう、先生には関係のないことなの」
あの夜、しのぶは確かにそう言った。
だがあれは、彼女の本音ではなかったと五嶋は思っている。嘘、いや方便だったと。
「この子を産もうが堕ろそうが、私の勝手なの。わかったらもうほっといてよ」
「お前は本当にそれでいいのか?」
「いいに決まってるからこう言ってるんじゃない。先生に養育費請求したり認知しろとか言わないからさ。先生には面倒なこと何もないでしょ? もうすぐ卒業式なんだから……このままで終わらせてよ」
養育費に認知──考えてることがわかりやすい。
勝手とは言うが、しのぶは堕胎などせず、一人で産んで育てるつもりだろう。
「……本当にそれでいいんだな?」
しのぶの目をじっと見つめ、念を押すようにたずねる。彼女は鼻で笑って見せた。
「くどいわね。同じこと何回も言わせないで」
「そうか……」
五嶋はしのぶに向かって歩み出した。
しのぶは一瞬怯んだが、五嶋の身体は彼女の真横をすり抜けていた。
「じゃ、お前の好きなようにしろよ」
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