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口止めしながらも春賀に「大学に行かない」と言ったのは、いつか自分の耳に入ることを期待して、そして「一人でも大丈夫」という強がる気持ちとは裏腹な「引き止めてほしい」という気持ちがそうさせたのだろう。
しのぶの大きな瞳から涙が溢れて、零れ落ちた。
彼女の泣き顔は嫌いだ。儚くも美しい涙──けれど悲嘆に暮れる顔は、いつも勝気な彼女には似合わない。そう思っていた。
だから、あの夜は抱いてしまった。潤む瞳から逃げてしまった。彼女を泣かせたくなくて、自分の気持ちを伝えるのが怖くて。
だが、もう逃げない。
もう大丈夫──しのぶも、自分も、何もかも全てあるがままに受け止められる。
「全く……オレもナメられたもんだ。オレがお前の気持ちに気づいてないとでも思ったのか? こちとらお前に懲戒免職心配されるほどマヌケじゃないんだよ」
教え子を妊娠させたなどと学校側にバレたら、多少大変なことにはなるだろう。だが、万が一失職という事態になったとしても、彼女と子どもだけはを守ってみせる。うるさい教授陣を相手にしても、それだけの勝算はあるつもりだ。
しのぶの肩に手を置いて、五嶋は笑って見せた。
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