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「……きっ気を付けて帰りなさい」
俺はそう言って歩き出した。雨の中、走ってくる音が聞こえ振り返った。さっきの学生が傘を差さずに立っていた。
「これ、落としたよ」
差し出されたのは折り畳み傘の袋だった。こんなの明日でも良かったのに……
「……ありがとう」
「傘……入れて」
「傘持ってなかったのか?」
「教室に忘れたの。取りに行ってたらこれ渡せないでしょう」
「こんなのいつでもよかったのに……」
「……先生…本当、分かってない」
「ん? なんだ?」
「なんでもないよ。そこまでだから入れてよね?」
俺は仕方なく傘に入れと促した。少し濡れたシャツから華奢な肩が透けて見える。半袖の肘が触れそな距離。こんなに近くで人と接することなどない。傘をどう差せばいいのかとか、濡れてはいないだろうかとか、あんまり近づいたら触れてしまうとか色々……色々考え過ぎて……
「先生、ありがとう。こっちだから!」
「あっ! 傘……」
笑って手を振って駆け出した。俺は震える手で肘に触れた。人って近くにいるだけで、暖かいんだと初めて知った。
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