いつか闇夜が明けるとき

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ハルキは立ち上がった。北条に深く深く、頭を下げた。「もう、行くんだ」黒背広の伊達に促され、ハルキは部屋を出た。 マオだ。部屋の入り口の真ん前。マオがハルキを待ち構えていた。 「送るよ。さあ、ついてくるよ」 マオに先導されて長い廊下を歩き、屋敷の外へ出た。再びメルセデス・ベンツに乗るようにとマオがジェスチャーした。ハルキは言われた通り後ろの席に着いた。マオは隣に座る。運転席にはやはり、ここへくるときと同じ中国人がいた。 「鞄、返すよ」 マオが手渡したショルダーバッグは軽い。ファスナーを開けて中身を確かめてみた。空気の他には何もない。コルトもトカレフも消えていた。 「困ったときは、遠慮なくサンセットに電話するよ。首領、いつでも助ける。だからオートマチック必要ないはずよ」 きっとマオの言うとおりだ。オートマチックはもう必要ない。 メルセデス・ベンツは音もなく滑らかに走り始めた。 ハルキは両の手のひらを拡げた。遠い眼差しで、両手を見つめた。オートマチックの感触は、未だに消えていない。あの鋼鉄の重さと冷たさは、きっと生涯忘れはしないだろう。拳銃を手にした日々。仲間と出会い、熱く生きた日々。たとえ遠い記憶の彼方に埋もれはしても、両手に残るギラギラした感触だけは、死ぬまで消えはしない。 帰りの車内。会話らしい会話はなかった。アパート手前の路上でメルセデス・ベンツは停まった。 「着いたよ。降りる」相変わらずせっかちなマオにうながされて車外に降りた。ハルキは開いた後部ドアの中を覗き込んだ。 「マオさん」別れの言葉、それと生きて帰れた礼の言葉を言いかけたとき、マオは手を上げてそれを遮った。 「別れの言葉いらない。お礼もいらない。朝田さん。どうかいつまでも、お元気で」 「マオさん……」 「早くドア閉める。早く早く」やはりマオは、どこまでもせっかちだった。ハルキは一礼してから、マオから言われるままにドアを閉めた。メルセデス・ベンツは遠ざかり、やがて通りの角の向こうに消えた。 アパートの階段を一段一段踏みしめるようにして上がり、二階の通路に出た。顔を上げると、玄関前に人影が揺れた。北園エイコだった。キャリーバッグを手にしているエイコは、長い睫毛の先を震わせていた。エイコの目は潤んでいる。 「ハルキ。帰って来ちゃった」 エイコに飛びついて、彼女の身体を両手に抱いた。懐かしい匂いが朝の陽射しに溶けて広がった。 生きている。 俺たちはみんな、生きている。 朝田ハルキは感極まって静かに両目を閉じた。 了
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