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話は瞬時にまとまった。
三人はラブホテル街へと歩き始めた。
土曜の夜の繁華街なのに、人は疎らだ。
三十年前の夜の繁華街は酷い混雑だった。タクシーを捕まえるのが至難だった。そんな昔話を、朝田ハルキは一回りも上の世代達から、何度も繰り返し聞かされていた。今の繁華街の閑古鳥が鳴く様子を見た限りでは、昔の繁栄などまるで想像もつかない。
朝田ハルキが、ふと思い出したように財布の中身が気になったそのときだった。ふいに男が脇道から飛び出した。
初めは動物かと思った。違った。人間だった。怪しい身なりの男だった。
男は、BOOKとアルファベットが大きく印刷された紙袋に入った〈何か〉を、北園エイコの右手に否応なしに押しつけた。
そして、朝田ハルキ、遠藤ヤマト、北園エイコの三人の顔を、素早く、しかし確実に、まるで網膜に焼き付けるように見渡してから、一気に捲し立てた。男は恐ろしく息が弾んでいた。
「十分で戻るから、それ預かっててちょうだいよ。ここで待っててよ。そうしたら、お礼に百万円あげる。その代わり、約束してよ。中身は見てもいいけど、盗んだらダメよ。捨てるのもダメよ。人に渡してもダメよ。約束破ったら許さないよ。皆さんの顔しっかり覚えたからね」
男は、最後につけ足した。
「記憶力は、とても自信ある。一度見た顔、絶対に忘れない」
男は、人差し指で自らの頭を指差した。
異様な姿を、している。
退色して水色になったぼろぼろのジーパン。紫色のアロハシャツ。モジャモジャしたチリチリのアフロヘアーにヘアバンド。黄土色をした呪術人形のような不自然な顔。
怪しすぎる外見とたどたどしい日本語から察するに、男が日本人じゃないのは朝田ハルキにもすぐ理解できた。
「あの、困ります」
北園エイコのもっともな反論を無視した国籍不明の怪しいアジア人は、信じられない速さで走り去った。
やがて男の姿は、ネオンの彼方に消えた。
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