発端

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警察にとって重要なのは、真実の究明などではない。事件の早期解決と犯人逮捕の実績なのだ。 日本の警察の、世界第一位の検挙率と、起訴された場合の裁判での有罪率九十九・九パーセントという驚異的数値がそれを証明している。それは、ナチ・ドイツ第三帝国や旧ソ連でもなし得なかったような恐ろしい数値だ。諸外国の法律関係者が見たら、全員が腰を抜かすような、実に有り得ない数値なのだ。 遠藤ヤマトは、日頃から酒に酔うと口癖のように言う――日本国内で逮捕され、起訴されて有罪となった者の二割から三割は冤罪だ……。 それを漠然と思い出しながら、朝田ハルキは声を張り上げた。 「じゃあ、どうすんだよ」 「言われた通りにさっきの野郎を大人しく待つしかねえだろ。あのモジャモジャ野郎が戻って来たら、その粉をさっさと返すんだよ。返すもん返したら、今日はもう家に帰ろうぜ」 「でも、こんなの持ってるのキモいから交番行きましょうよ」 「だから、こっちが疑われるって言ってんだろ。馬鹿かお前は」 「なあヤマト、やっぱりエイコの言う通りだよ。交番行ったほうがいいかもよ」 「交番なんて行ってみろ。冤罪で逮捕されるぞ。俺達の名前と顔と住所が、全国に晒されるんだぞ。そうなったら、人生終わりだぞ。仮に、どうにかして冤罪を証明出来たとしても、今度はさっきの男からどんな復讐されるかわからねえぞ」 「警察に全部話してさっきの変な人を逮捕してもらいましょうよ」 「エイコ、お前はとにかく本当に馬鹿すぎるよな」 「ええ。だって」 「だってじゃねえんだよ」 「だって……」 「あのなあ、本当に存在するのかしないのかも証明出来ねえようなそんな奴を、警察が真剣に捕まえようとするわけねえだろ。すぐ目の前にいる俺達三人を徹夜で毎日毎晩取り調べて、やってもいない麻薬取引の自白を強要してくるに決まってるんだよ。冤罪で二十年以上刑務所に入った人だって実際にいるんだぞ。ニュースや新聞見てねえのかよお前らは」 「極論すぎるよヤマト」 「どうしよう」 「なあ、こんなもんここに捨ててさっさと逃げようぜ。ヤマト、それしかないよ」 「それは一番だめだろ。しっかりしてくれよハルキ」
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